2006年8月 5日 (土)

戦争は遠い昔話か・・・・

今は昔、昔ガキ大将の近所には、戦争を体験した大人たちが沢山住んでいました。

その中に、航空母艦「千歳」の甲板員だったおじさんがいて、よく戦争体験をはなしてくれました。

自分の右足をだして、ふくらはぎの傷を見せては、「まだここのところに鉄の破片がうまっているんだよ」と話をはじめてくれます。

そのおじさんは、農家の出身ですから、階級は下のほうです。

よく上官から殴られた話、毎朝甲板を走らされた話、当時自分が見た戦艦「武蔵」の話などをしてくれます。

おじさんの載った航空母艦「千歳」レイテ沖海戦に参戦しました。

おじさんたち下の階級には、船の出港時、どこにいくのか、どんな作戦なのか教えてくれません。

航空母艦「千歳」には航空母艦なのに1機の艦載機もいません。

それは皆不思議に思ったそうです。また、口には出しませんが、この戦争は負けると皆思っていたそうです。口に出したらとんでもない目にあわされます。

早朝、敵機来襲、戦闘準備の指令が飛び交います。

甲板から遠くの水平線を見ると空が真っ黒になっています。その黒いものは数百機のアメリカ軍機です。

僚艦戦艦「武蔵」からは主砲の一斉射撃が始まります。かなりの敵機が落ちたそうですが、ものすごい数の敵機です。

敵機の最初の標的は航空母艦です。おじさんの載った千歳に、アメリカの戦闘機が襲い掛かります。

おじさんの船は次々に直撃弾を受けていきます。おじさんは甲板にいたそうですが、爆弾の破片を足に受け負傷します。

その近所には誰の手足か分からない、引きちぎれた手足がころがっていたそうです。

怖くなったひとは、戦闘機の格納庫などに避難したそうですが、ここが、生死を分けたとおじさんは言っていました。

まもなく、船体が傾き、総員退避命令が出ましたが、あっという間に船が沈んだそうで、おじさんは沈む船の渦に巻き込まれ水中に引き込まれましたが、もがいている間に運よく浮上できたそうです。

おじさんは言っていました。あのとき格納庫に逃げた戦友は全員戦死したと。

おじさんは浮遊物にしがみついていましたが、数時間後に駆逐艦に助けられたそうです。

800人ほどの乗組員のうち半数が戦死したと史実に残っています。

今も80歳を超えご存命ですが、右足には今も鉄の破片が残ったままです。

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