2006年10月23日 (月)

下村湖人(次郎物語)の生家を訪ねて・・・。

下村湖人といって、すぐに分かる人は佐賀県人くらいでしょうか?

佐賀県の千代田町にある下村湖人の生家です。

下村湖人より「次郎物語」と言えば、より多くの人が分かるのではと思います。

この生家40年前は朽ち果てそうな状況でしたが、立派にリニューアルされています。

写真の生家は明治初期の建造物です。

とてもその時代の建造物とは思えませんが、家の中に入るとその雰囲気が脈々と伝わってきます。

佐賀の吉野ヶ里遺跡を訪れた折は是非「下村湖人生家」も加えてください。

「次郎物語」の次郎が今すぐにでも出てくるような雰囲気が味わえます。

※入園料、駐車料は不要です。_051_2 _043 _046 _047_1 _036_3

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2006年10月12日 (木)

ミゼット発見!

何で、こんなところに、こんなもんがあるんだ?
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能古島のアイランドパークの休憩室にそれはありました。

50歳を超えた人々(特におっちゃん)が懐かしそうに眺めています。

60歳代の男の人は、前、後ろ、横、斜め、下、上、運転台等を一生懸命に覗き込んでいます。

ダイハツの原点はこの車から始まったのかも知れません。

「てなもんやさんどがさ」なる番組で、大村崑さんが宣伝していた時代を思い出した人が多いのでは?

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2006年10月11日 (水)

開け行く福岡

_162 _138 _113 あ!あれは香港か上海か???

福岡の楽園島から見る、福岡百地(ももち)の風景です。

能古島は今や秋桜の一大名所。

秋桜でけではありません、春は桜、ツツジ、初夏は紫陽花と一年中花を楽しめる、福岡の観光名所となっています。

能古の島から見る福岡百地はさながら香港か上海に見えます。

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2006年9月13日 (水)

もうすぐマツタケの季節だ・・・。

少しずつ秋めいてきました。

秋はマツタケの季節です。

昔ガキ大将の故郷は筑後地方、平野の真ん中です。

マツタケのマの字もないところです。

昔ガキ大将が広島県府中支社に勤務していたころの話です。

担当地区は広島県の府中市、新市町、甲奴郡、世羅郡等です。

仕事はルート営業で、この地方の代理店周りです。

毎週1回、甲奴郡、世羅郡を回るのですが、10月に入ると赤松の山にテープや縄が張り巡らされます。

本物のマツタケを見たこともない昔ガキ大将にはその理由がさっぱり分かりません。

9月の下旬ころです、甲奴町の代理店から、マツタケ村(甲奴町商工会のイベント)をやるからバザー券を買えとのお達しです。

それが1枚5000円、庶民には法外な値段です。

結局3枚を購入、10月の中旬の連休が開催日、恐る恐る家族5人(息子3人)でマツタケ村へ。

当時大分から転勤でしたから、車のナンバーが大分ナンバーのままです。

甲奴の人たちは、わざわざ大分から、わが町のマツタケ村に来てくれたと大感激しています。

勝手に誤解されて、小さな子どもをつれていますから、超親切な扱いを受けました。

マツタケ村は大きな広場にテントを建てて、バザー、即売会、マツタケ探しなどのイベントをやっています。

昔ガキ大将が買ったバザー券はマツタケすき焼きです。

大きなテントの中にガスコンロ、すき焼きなべが用意され、いよいよ大皿にすき焼きの材料が運ばれてきました。

昔ガキ大将は始めて本物のマツタケを見ました。

これがマツタケか・・・・、感激、感激。

薄切りのマツタケではなく、手で裂いた本物の国産マツタケです。

最初はものめずらしさで、奥さんと奪い合いで食べました。

子どもたちはマツタケにはまったく興味を示しません。

狙うは肉のみです。

ところが、なにしろ大分からわざわざわが町のマツタケ村に来た賓客です。

隣の席の人やら、商工会の人やら、マツタケの差し入れでもう食べ切れません。

子どもたちに「マツタケ美味しいか」などとしきりにわが町のマツタケを自慢しています。

子どもたちは正直でマツタケよりお肉欲しいとダダをこねています。

本当に感激したマツタケ村のマツタケ初体験でした。

次の年は子どもたちの要望で、こっそり肉を買い込んでいきました。

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