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2006年6月30日 (金)

豚の“タマタマチャン”はおいしい???

今は昔:筑後地方の多くの農家で、豚を飼っていました。

僕の家でも、5、6匹の豚を飼っていました。

オスぶたは、一定の大きさになると、オスのシンボルを切り取るのです。

なんで切り取るのか、僕には分かりません。

大人たちは、子豚を捕まえて馬乗りになり、黄金の“たまたま”の入った袋をひもでくるくると縛り、かみそりで袋の表面を切ると、“たまたまちゃん”が飛び出してくるのです。

こぶたは、ブヒー、ブヒーと悲惨な鳴き声を発しています。

その切り取られた、たまたまちゃんを串刺しにして焼いて塩味で食べるのです。

それはそれは、貴重品です。1匹のこぶたちゃんから2個しか取れないのですから。

どんな味だって? 残念ですが思い出せません。“たまたまちゃん”を食べれるのは子供の特権でした。たぶん栄養いっぱいのたまたまちゃんで大きくなるようにとの大人の願いがあったのかもしれません。

たまに、ブタちゃんはブタ小屋から脱走します。そうなると、部落中の人が総出で、大捜索網をしきブタちゃんを捕獲します。ブタちゃんもそう簡単に捕まってくれません。

捕まえるのに数日かかることもあります。

ブタちゃんは“ブヒー、ブヒーと必死に逃げ回ります。その光景が今でも目に焼きついています。

今は、そんな光景はあるはずもありません。ブタのタマタマチャンを食べた経験のある人もいませんよね!!

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農繁期小学校は半ドン・・・

梅雨の季節、筑後地方は田植えの季節。

この季節は、農繁期(秋は稲の獲り入れ時)と呼ばれ、小学校は午前中で終わりです。

早く帰れるから嬉しいだろうって、とんでもない。

子供にとって恐怖の「半ドン」なのです。半ドンて方言かな? 要するに午前中で授業が終わるのを「半ドン」と言うのです。

僕にとってはとっても憂鬱な季節です。このときほど、あんなにいやだった学校が好きになるのです。

農繁期の子供は、農村では貴重な労働力です。田植えの季節は、猫の手も借りたいくらい忙しい季節です。

苗代から採れた、稲の苗をリヤカーに積んで、それぞれの水田に運びます。今はあぜ道でも舗装された時代ですが、当時はデコボコ道、小さな体でリヤカーを曳くのは、相当な労力です。

小学校も高学年になると、大人に混じって田植えを手伝わされます。

今は、都会の子供が体験学習でのんびり田植えを楽しんでいますが、プロの田植えはあんなものではありません。とにかく正確にまっすぐ苗を植えていくのは当たり前、問題はスピードです。横幅1.5メートルくらいが守備範囲、その範囲に十数本の苗を植え付け、後ろへ後ろへさがっていくのですが、次の列の大人が、猛烈な勢いで、追いついてくるのです。

なんであんなに速いんだ???

昔の人はなんて働き者だったのでしょうか? 朝6時から、夕方暗くなるまで(たぶん7時くらいまで)働くのです。休むのは昼飯時と3時の小休止だけです。

小学生の僕は、足も腰も痛くて、既に限界に達しています。それでも、まだ昼からの手伝いです。次に訪れる日曜日は超ハードな日でした。

ちょっとだけ楽しみは、3時の小休止時にアンパンやメロンパン、芋が出ます。当時パンは10円くらいだったと思います。

今は昔、田植え機に乗って苗が植えつけられています。今の小学生が羨ましい。

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2006年6月29日 (木)

川は上流へ流れる???

川は上流へ流れるのだ!!

僕ら筑後川の周辺に住む子供は、至極当たり前の常識です。

僕の住む近くの川は「やまぬい川」、筑後川の支流にあたります。

この川は、大潮のときは1日2回、1メートル~2メートル満ち引きします。

有明海から15キロメートル以上の上流域ですが、やまぬい川は満ち引きするのです。

今は昔、今でもその情景は変わっていません。水はずいぶん昔に比べ濁っていますが。

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僕のカエルは不死身!!

今は昔、小学校の理科の実験で、解剖の時間がありました。

通常はフナ、殿様ガエルが解剖の実験の対象です。

解剖の実験では、数時間前にホルマリンを少量ビンの中に入れ、眠らせて解剖するのです。

眠らせているので、解剖すると心臓か動いています。

ところが、殿様ガエルは僕にとっては「チンケナ」なカエルです。「チンケナ」な??、僕にとって小さなカエルで、実験には「食用ガエル(体長20センチくらい)」が最適なカエルなのです。

解剖の実験に小学校のクラスメイとは殿様ガエルを持ってくるのですが、僕は食用ガエルしかありません。

ところが、こいつはしぶとい奴で、いくらホルマリンを吸わせてもなかなか眠りません。一緒に入れていた殿様ガエルはとうの昔に眠りについているのに、元気いっぱいです。

しょうがない(先生)、もっとホルマリンを強くするか。

ところが、周りの殿様ガエルは全滅(死んじゃった)、でもしぶとく平気な顔をしているのです。

僕ら男の子は、寝ていない動物でも解剖するのは平気ですが、さすがに女の子はそうはいきません。

結局はその日の理科の実験(解剖)は中止となりました。

今は昔、そのカエルは次日、僕の胃袋に納まっていました。

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僕らのカラスはツートンカラー?

カラスは本当にブラックか?

いや、絶対にブラックではない。

断言するカラスはツートンカラー(白と黒)なのだ。

僕らのカラスは絶対に白と黒のカラスだ。

僕は真っ黒い異様な鳥を見て驚いた。あれは何という鳥だ????? え!カラス、あれは絶対カラスじゃない!! カラスは白と黒のツートンカラーだよ、真っ黒いカラスなんてうそだ。

僕の常識、日本の非常識だった???

筑後地方、佐賀平野には「カチガラス」別名「カササギ」が生息する。カササギはなんと天然記念物なのだ。しかも、立派なカラスなのだ。

日本には筑後平野、一部大分県、熊本県に生息が確認されているが、そこにしか生息しないカラスなのだ。

今でも僕は、カラスはツートンカラーだと信じている。

ブラックのカラスは僕にとって信じられない異流の存在なのだ。

皆さん真っ黒なカラスなんて信じられますか???

今は昔、真っ黒いカラスはいなかった、絶対!!

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もうすぐ「堀開き」???

堀開きって何だ??

海開きってのは、よくテレビで見るけど・・・・・

筑後地方には、海はありません。堀(クリーク)が縦横に張り巡らされていることは、お話しましたが、その堀が、僕らの泳ぎ場なのです。

堀といっても水深は3メートルはあります。そんな深いところでは小さい子供は泳げません。ご心配なく、その堀に横5メートル、縦3メートル、深さ1メートルほどの、板で柵が設けられています。泳げない子供は柵の中で、泳げる子供は柵の外で泳ぐのです。

泳ぎ場は、各集落ごとに設けられています。泳ぎ場といっても、柵の外は水深3メートルはあるのですから、子供だけで勝手に泳ぐわけにはいきません。

そこで、泳げる期間、時間帯が決められているのです。その時間帯は大人が監視して、子供の安全を守るのです。

この地方では、普通の子供は小学校へ入る前後には泳げるようになります。

泳ぎを教えるには、めちゃくちゃに乱暴ですが、顔を水に浸けれるようになると、ころあいを見て、大人が柵の外(水深3メートル)へ放り投げます。子供は必死にもがいて、水面に顔をだします。それで、泳げるようになるのです。

今思えば、なんてむちゃくちゃな教え方でしょう。でも、それで水死した話は聞いたことはありません。

泳げるようになると、お兄さん達の仲間に入れてもらえます。本当に楽しい遊びの仲間に入れてもらえるのです。

泳ぎ場の柵の外の遊びは、宝探し、鬼ごっこ等があります。

宝探しは、こぶし大の石を水深3メートルの柵の外へ放り投げます。そのこぶし大の石を誰が一番早く拾ってくるか競争をするのです。

鬼ごっこ(つかめ鬼)という遊びは、5,6名で遊ぶときは、捕まえる側の鬼が2人、逃げるほうが3、4人です。逃げるほうは陸上でも、水中でもかまいません。

捕まったら、柵の角の捕まり木を基点に、柵の外へ手をつないで、つながるのです。

逃げるほうは、この捕まってつながれた仲間にタッチすれば、また逃げれるようになります。泳ぎの達者なものは遠方から、もぐって仲間の足にタッチするのです。

毎日(特に夏休み)真っ黒に日焼けして筑後地方の子供たちは遊んだのです。

そんな風景も今はありません。

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2006年6月27日 (火)

やんまこうたい

6月、初夏は堀に“ぎんやんま”が飛び交う季節です。小学校から帰るとランドセルを玄関に放り投げて、竹ざおとハエ捕り紙を持って、いざ“ぎんやんま”捕りへ出陣だ。

都会育ちの人にはハエ捕り紙といってもわかる人はいないかもしれません。昔はA4版くらいの大きさの紙にべたべたの糊が付いた紙が売られていました。そこにハエがとまると、御用となる、ハエにとっては地獄のような紙です。

そのハエ捕り紙を何に使うかというと、竹ざおの先にそのベタベタを付けるのです。紙を半分に折って竹ざおの先を突っ込み、ぐるぐる竹ざおを回すと、竹ざおの先はべたべたがベッタリ付いています。

堀の周辺には“ぎんやんま”が飛び回っています。しかし、それを狙っても1匹も捕れません。狙うは、“だんつき”と呼ばれる、メスとオスがつながった、つまり交尾中のやんまです。それも重要なのはメスを捕まえることです。

だんつきは藻の上や、葦の枝に停まってメスが尻尾を水につけて産卵をするのです。前はオス、後ろはメスです。オスは尻尾の元の部分が鮮やかなブルー、メスはグリーンです。狙うはメス、忍び足で近づき、竹ざおの先のべたべたをそっと羽の上に置きます。

見事、羽がそのべたべたにくっ付き、捕獲に成功です。といっても、名人クラスで成功するのは10回に1回、私は名人中の名人、それでも3回に1回といったところです。

捕まえたメスは丁寧に羽に付いたべたべたを唾で拭い、羽の間をミシン糸で結びつけます。0.5メート位に葦を切り、その先にミシン糸を結び付けます。ミシン糸の長さは約1メートル。

糸で結び付けられたメスのヤンマは糸の長さの範囲で飛び回ります。それを持って、オスが飛び回っている堀の端を、「やんまこうたい」と叫びながら、メスを舞わすのです。

そうすると、オスが交尾目的でメスと絡み合います。絡み合っている間は、オスは夢中で、メスにしがみ付きますから、空を飛べません、そこを手で押さえ込むと、見事1匹ゲットとなります。

名人は、1日でだんつき3組~5組、オスは「やんまこうたい」で15匹くらいは捕まえることができます。

そんな遊びも今は昔、“ギンヤンマ”は今どこの空を飛んでいるのでしょうか?

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2006年6月25日 (日)

農村の失われた自然

私は1954年4月、福岡県久留米市(旧三潴郡)三潴町に生を受けました。当年52歳になります。職業はサラリーマンで全国転勤のある保険会社に勤めています。4月より四国松山から福岡に転勤となりました。

私の田舎は筑後平野のほぼ真ん中に位置します。平野の真ん中ですから、小高い丘はあっても、周りには山はありません。家のすぐ近くには堀(クリーク)が縦横にありました。”ありました”と過去形で表現するのは、水田の大型区画整理により30年前くらいに堀が埋められ、今は幅30メートル程、長さ200以上(場所によっては300メートル)の水路が整備されています。

故郷を離れて久しく、たまに帰るから、なおさら感じるのでしょうが、あの子供の頃にあった自然がどこにもありません。

6月は“ぎんやんま”(大型のトンボ)の季節です。でもその姿がどこにも見当たりません。また、トノサマガエルの産卵の時期でもありますが、どこに行ったのでしょうか?田んぼから、堀から、うるさいくらい聞こえてきた、トノサマガエルの鳴き声が聞こえません。

家の裏にあった小さな水路には、そこらじゅうにドジョウがいました。今はどこにいったのでしょうか?もちろんそこにはメダカもいません。あんなに豊かに住んでいた小動物はどこに行ってしまったというのでしょうか。

僕らの子供のころの遊びは密接にこの自然と結びついていました。

これから、あのころの自然と結びついた遊びの思い出を綴ることにより、少しでも昔自然を取り戻したいと思っています。

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